マレーシアから海外永住 花びら餅とエロスと編集 Written by Miho Kanai

海の向こうのストーカーと国際交流──親愛とセクシュアリティのはざま

Essays Thought

まさか、自分がストーカー被害に遭うとは──。

ストーカー行為でわたしを悩ませる彼は、実はわたしの一番古い友人だ。

以前は年に数回手紙をやり取りする程度だったが、コロナウイルスによるロックダウン以降、わたしへの執着がエスカレート。

本記事は、恐怖と悲しみと困惑と、少しの怒りの感情のなかで、関係修復を試みた記録である。

本記事の内容

  • 炎上、のちストーカー
  • 貝になる
  • 海の向こうのストーカーと国際交流

炎上、のちストーカー

はじまりは海外ペンパル

わたしが中学生の頃は『明星』と漢字だったが、あのなつかしい雑誌はいま『Myojo』に名前を変えて発刊されているようだ。

昔はこういった映画スターやタレントの写真情報雑誌に海外ペンパル希望の投稿が出ていた。端的に言うと、「友だちをつくりたいので、手紙をください」ということだ。

当時はまだ携帯電話もポケベルもない時代。海外に友人がほしかったわたしは、せっせと手紙を書いては国際交流にいそしんでいた。

あるとき、海外ペンパル募集欄に日本人の女の子のSOSを発見した。海外ペンパルの希望を出したら、さばききれないほどの反応があったというのだ。

海外ペンパルはすでに何人かいたが、文通が続かずに疎遠になることも多く、新しいペンパルを探していたので、喜んで引き受けると連絡した。

そうしてわたしの手元に送り届けられたのが、「彼」の手紙だった。

スマホアプリで急接近

彼はヨーロッパ某国出身で、家族思いの2、3歳年上の青年だった。

昔は詩をプレゼントしてくれたり、しとやかな雨の向こうにわたしを思う、などと情緒たっぷりな手紙をくれるなど、内向的でおだやかな一面を見せていた。

手紙のやり取りは年に数回程度で、写真や日本のお菓子などを贈っては親交を深めてきた。

彼の手紙にはよく「I love you」や「会いたい」という言葉が添えてあったが、海外では挨拶みたいなものだろうと気にもとめなかった。

細く長くつき合いは続き、わたしがマレーシアに来た2018年以降はWhatsAppアプリでメッセージを交換するようになった。

以前にもまして頻繁にやり取りするようになったのは、言わずもがなである。スマホアプリは手軽でいい。

そして、炎上

わたしたちのつき合いはかれこれ25年以上になるが、実はまだリアルに会ったことがない。

2020年に旅行の計画を立てていたが、あいにく新型コロナウイルスの影響で頓挫した。次はいつ海外旅行に行けるのか、予測不能な状況である。

彼にはそれがとても残念だったようだ。「早く会いたい」「次はいつ来れそうか」と毎日のようにメッセージが届くようになった。

気持ちはうれしいが、そんなどうしようもないことを言われても正直困る。

こちらも東南アジアを満喫しようとしていた矢先のロックダウンなのだ。次第にメッセージが鼻につくようになり、返信しないことが多くなった。

すると、「好きだ、愛してる」「なんで無視するんだ」と矢のような催促が来るようになった。

日本にいる彼氏なんて、月一回メッセージが来ればいいほうなのに!
(それは逆にどうなのだ。)

ロックダウンの鬱憤もあってか、ついに堪忍袋の緒が切れた。

「彼氏でもないのに、無理言わないで!」

そして、悪夢のようなメッセージと電話の応酬がはじまる。

貝になる

失敗の上塗り

わたしの言い方がいけなかったのだろうか。どうやら彼の熱情に火をつけてしまったようだ。

返事をしないわたしが冷酷無慈悲だと言わんばかりになじられ、それがまた恋人同士の喧嘩のように思えて無性に腹が立った。

しばらく放置していると、謝りのメッセージが届いた。姉に相談して諭されたようだ。

40代半ばのいい大人が姉に恋愛相談とは何事だ。

なかば呆れながら、わたしも言いすぎたかなと思いかけた次の瞬間、目に飛びこんできたのは「指輪を贈りたい」という文字だった。

は?

指輪?

なぜ、指輪をくれるのだ?

混乱する頭を抱えて思わず「友情の証として?」と聞いてしまった。

すると、「そうだ」と言う。

世界は広い。文化も価値観もさまざまだ。海外には、友情の証として男性が女性に指輪を贈る風習があるかもしれない。

そこで、Twitterのみんなに聞いてみることにした。

どうやら、男性が女性に友情の証として指輪を贈るなんてことはないようだ。日本人の少数意見しか聞いていないので参考にならないかもしれないが。

バカな質問をしてしまった自分を呪いながら、わたしは昏い沼の底の貝になった。

引導の行方

「指のサイズを教えてくれ」「一緒に宝石店に指輪を買いに行こう」というメッセージが毎日届くようになり、気づいたことがある。

好きでもなんでもない異性からの指輪のプレゼントが、こんなにも心にねっとりとまとわりつき不快なのだということ。

そして、勝手な偶像をつくり上げ、一方的な好意を向けられることの不気味さである。

彼はまだ会ったことのないわたしに、いったい何を重ねて見ているのだろうか。

WhatsAppの未読メッセージは週に200件近くにものぼり、電話も日に何度もかかってくるようになった。

口をつぐむわたしを非難しては反省し、謝っては懇願することを繰り返す。

もう疲れたとぼやきながら、まるで恋人に三行半を突きつけるように「距離を置く」と捨て台詞を吐いては、すぐさま指輪を贈らせてくれと懇願し、非難と反省、謝罪を繰り返す。

地獄の無限ループに引きこまれ、不気味な一人芝居を見せられているような恐怖。困惑。友情関係がこじれてしまった悲しみ。こんな状況にわたしを陥れた相手への憎らしさ。そうした感情が心のなかに渦を巻き、どうしようもなく沈黙するしかなかった。

いっそのこと、着信拒否をしてこのまま縁を切ってしまおうか──。

しばらく悩んだが、それは避けたい。

一番つき合いの長い友人を失うのは、やはりさみしい。

海の向こうのストーカーと国際交流

偏見と先入観の国際交流

古い友人をストーカー呼ばわりするなんて、自分でもどうかしていると思う。

彼は海の向こうの住人であるため、そう簡単には身体の安全や住居の平穏が脅かされることはない。

彼のわたしへの執着心は常軌を逸していると思うが、「ストーカー」と呼ぶには、罪状は軽いのだろう。

それに、あれが彼の純粋なる好意の表れである可能性もある。

何が普通で、何が普通じゃないのかなんて、誰も、どこにも、線引きはできない。世の中にはケーキを切れない人間だっているのだ。

WhatsAppの通知をオフにしてしばらくすると、少し冷静さが戻ってきた。

思い起こせば、もうずっと昔から彼は愛情を示してくれていた。それが親愛の情なのか、それともまったく別の何かなのかはわからない。

相手がもし日本の男子だったならば、脳内センサーが反応し、不審に思ったかもしれない。

しかし異国の地の文化や風習の異なる人間を、日本で純粋培養された自分のモノサシで測るようなことはしたくなかった。

だから、とりあえず、わたしは気にしないことにしたのだ。

いま思うと、それで国際交流をしている気になっていた自分が、このうえなくお粗末に見えてくる。

わたしは彼を色眼鏡で見ないようにしたつもりが、その実、「外国人の親愛の表現は大げさなものだ」と決めてかかり、相手を理解しようなどとこれっぽちも考えてこなかったのだ。

親愛とセクシュアリティのはざま

外国人だからと自分勝手な偏見と先入観で相手の気持ちをないがしろにし、正面から向き合ってこなかったツケがいま、回ってきているのだろうか。

しょせん手紙や電話、スマホアプリという媒体を通してしか交流してきていないのだ。わたしという現実空間のキャラクターに仮想空間の偶像を重ね合わせ、擬似恋愛状態になってしまったのかもしれない。

「アイドルじゃあるまいし。それは、お前のうぬぼれだ」と笑われるかもしれない。

しかし、わたしと肉体関係を持ちたいことを匂わせるようなそぶりを見せたことが、あった。それもわたしはスルーしたのだが。

だって、まさかと思うだろう。こちらは互いの間には確かなる友情があると思っているのだ。いや、しかし、自分が鈍感を決めこんでいた点は認めよう。

これまでの長い年月で、記憶の闇に葬り去ってきた愛情表現の数々を思い返すと、とことん自分はクソだったなと思う。

人とのつながりを大切にしたいと言いながら、人の気持ちをなかったことにしてきたのだから。

親密度合いにもよるだろうが、人とつき合うのは骨が折れる。

それでも、やはり、これから彼の気持ちと向き合っていこうと思う。

この先、実際に出会うことがあるかはわからない。実際に会ってみて興醒め、というオチもある。
(それはそれで傷つくのだが。)

人の心はままならない。

最後に

正直なところ、まだ、どう向き合っていいかわからない。

ここしばらくは、あえてメッセージを見ないようにしてきた。こちらからどんな言葉をかけたらいいのか、考えあぐねている。

「指輪は、受け取れない」

はっきりと伝えるべきだろう。ただ、友情の証と大義名分を突きつけられては、断るに断れないのも想像がつく。

痴情のもつれの泥沼劇場のような事態は避けて通りたいのが本音ではあるが、いずれは腹をくくるしかないこともわかっている。

なんとかして彼にかける言葉を紡ぎ出さねばならないが、ひとまず、わたしの胸の内を吐露するにとどめておく。