マレーシアから海外永住 花びら餅とエロスと編集 Written by Miho Kanai

恋愛はたこ糸のごとく

Essays

まえがき

「日本とマレーシアの遠距離恋愛だなんて、よく続くわねえ。」

身の上話をすると、こんな感想をいただくことがある。

ふつうは恋人と離れて、ひとりで海外移住しようなんて考えないかもしれない。疎遠になって関係がおわってしまわないだろうか。そんな心配もあるだろう。

ひとりでマレーシアに移住することを決めた時、当然そのことは覚悟した。

それでも、表向きには海外就職にチャレンジしたい気持ちと、背後に隠しもった恋人に対する複雑な気持ちとの狭間で、だれにも相談せずにひとりで決断した。

そんなこんなではじまった日本とマレーシアとの遠距離恋愛。離れてみたけど、悪くはない。

目次

  • COACHのポーチ
  • 恋人の距離
  • 恋愛はたこ糸のごとく

COACHのポーチ

昔、誕生日プレゼントにもらったCOACHのポーチ。10年以上たったいまも現役だ。

ただ、持ち手のレザーの部分はボロボロになってしまった。経年劣化でひび割れたようになり、そこからプツプツとちぎれちゃった。

持ち手が完全に切れたら、おしまいかな。

そんなことを思いながら、いまだに使い続けていられるのは、なかに一本のたこ糸が通っていたから。

これが、なかなか切れない。ほんとうに切れない。切れたら買い替えようと思っていたけれど、まったく切れない。なんて頑丈なんだ。

よく見ると、ポーチ本体も、長年使用しているにもかかわらず、傷のひとつも破れもない。なんなら墓場まで持っていけそうな雰囲気すらある。どんだけ頑丈なんだ。

まだ使えるものを捨ててしまうのは、気が引ける。それがプレゼントとしてもらったものなら、なおさらだ。

私のことを思いながら選んでくれたであろう贈り手の気持ちも一緒に捨ててしまうようで、せつない。

だから、私は喜んで使う。

プレゼントした当の本人は、もう覚えてもいないだろうけれど、それでもいいの。

貧乏くさく見えてしまうかもしれないけれど、それでもいいの。

私が大事にしたいから、大事にするの。

切れそうで切れないたこ糸を眺めていると、なんだか私たちの関係と同じだなと、笑いが漏れた。

恋人の距離

「ご結婚されてるの?」「彼氏は?」

これまでこの手の質問に、何度も何度も答えてきた。

「結婚はしてません。彼氏は日本にいます。」

そう答えると、たいていの人は驚く。そして、こう言うのだ。「それで、よく続きますね。」

恋人の距離はそれぞれだ。遠距離恋愛になったからといって、気持ちも離ればなれになるとはかぎらない。

たとえ近くにいたとしても、破局の足音がうしろからヒタヒタと忍び寄ってくることだってある。

恋愛関係だけでなく、家族との関係も、友人との関係も、人間関係はいつだって万華鏡のように形を変えて移りゆく。くっついたり、離れたり。近くなったり、遠くなったり。はじまったり、おわったり。

私のまわりには、国境を越えて国際遠距離恋愛をしている人がいる。遠距離恋愛ののちに、彼のいる国へ移り住んだ人もいる。

恋人同士なら近くにいてあたりまえという発想を捨てれば、お互いの人生はもっと自由になるかもしれない。

私の場合はすったもんだがあったわけだけれども、海を越えて5,000キロ離れてなお、通常運転の付き合いが続いている。

私はマレーシアでたくさんの愉快な仲間たちと出会い、日本では想像したこともないような楽しい日々を過ごしている。

彼はというと、知り合いの漁師さんと一緒に、太刀魚やらハマチやらマグロやらタコやらアジやら、とにかくしょっちゅう釣りに出かけているようだ。釣りがすきだなんて、知らなかったよ。

生きる場所は別々になってしまったけれど、離ればなれになったことで、お互いが自由に生きはじめた。

簡単には会えないから、自分の時間はほとんど自分のものになった。

近くにいた時は、恋人たちはなるべくふたりで時間を共有するもんだと思いこんでいたけれど、そんな必要は全然なかった。

コロナ禍で2年以上も会うことができないでいるけれど、それぞれがやりたいことをやって、生きたいように生きて、たまーにLINEで近況報告をして、これはこれでなかなか良き人生なんじゃないかと思う。

恋愛はたこ糸のごとく

「結婚もせずに、どうやってそんなに長く付き合えるんですか?」

この質問もよくいただく。

気がつけば、もう20年近い付き合いになるが、昔はよくケンカをしていた。怒っていたのはおもに私。とことん性格が合わなかった。

何度もキレて三行半を叩きつけたが、そういう時だけすっ飛んできて平身低頭で許しを乞う。

「この人と今生の別れになってもいいか。」

これが私の恋愛パラメーター。

この質問に「YES」と答えられたら、あっさりバッサリお別れするんだけど、どうしても「YES」と答えることができず、いつもどうにかこうにか自分の気持ちを収めて関係を続けてきた。

そのうち心が疲れてきちゃって、「あきらめる」ことを覚えた。なんとか相手に変わってもらおうとがんばっていたのを、やめた。

他人と過去は変えられないって言うし、そもそも期待は他人に対してするものじゃない。自分の未来に対してするものだ。そこのところを取り違えていた。

「私はこうなんだけど、あなたはそうなのね。」

長く付き合う秘訣があるかどうかはわからないけれど、少なくとも、自分と相手は違うんだってことを自覚するところからスタートするのがいいんじゃないかな。

相手を加工修正しようとせず、まるごとそのまま受けとめる。自分とギャップがあったら、おもしろがる。笑いに変える。

そうしていい塩梅の関係になってきたら、切れそうで切れないたこ糸のように、細く長く付き合っていけるんだろう。

あとがき

いま思えば、うちの相方はヒステリックな私によく愛想をつかさず、自分を曲げて迎合するのでもなく、根気強く付き合ってくれたもんだと感心する。

相手に合わせて我慢する人だったなら、すぐに限界が来て、きっと私がふたりの関係を壊してしまっていたんじゃないかな。

切れそうで切れないたこ糸。

いつかほんとうに切れてしまわないように、大事にしていこう。

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