マレーシアから海外永住 花びら餅とエロスと編集 Written by Miho Kanai

【体験談】友だちにも先生にもいじめられた私が苦手な人付き合いを克服した方法

Life Thought

本記事では、人付き合いが苦手なだけでなく、仕事も人生もうまくいかずに長年苦しみ悩んだ赤裸々な体験談をお話ししようと思う。

人付き合いがどうも苦手だという人や人間関係で悩んでいる人の参考になれば幸いだ。

本記事の内容

  • 目立たないほうが無難に生きられる
  • 心に芽生えた信じこみ
  • 脳内記憶に決着をつけて信じこみを書き換える

目立たないほうが無難に生きられる


人付き合いについて振り返ると、友人は多いほうではなかった。いや、はっきり言って、ほぼいないに等しかった。

しかし思い起こせば、小学生の頃はクラスによくなじみ、友だちも多かった。行動派で自分からクラスメイトに話しかけ、遊びに誘い、誘われてもいた。どちらかというと人の輪のなかにいるタイプだった。

その一方で、一部の女子からいじめを受けたこともあった。

そういうときは逃げずに普通に応対していた。私が泣き寝入りをしないので、相手はいじめに徹することができないでいたようだ。いじめを正面から受け止めてしまうと、いじめの醍醐味が薄れてしまうのかもしれない。

小学生の頃は、先生に嫌な思いをさせられたこともあった。

学年一同でフォークダンスの練習をしていたときのことだ。校庭で男子と女子がそれぞれ一列になって輪をつくり、お互いの手をつなぐ。小学生といえども異性と手をつなぐなんて気恥ずかしいなと思いながら自分の手を差し出すと、相手の男の子があからさまにいやな素振りを見せた。

周りの子たちはみんな仲良く男女で手をつないでいるのに、自分だけが手をつないでもらえない。子ども心にショックを感じながら、相手も恥ずかしいのかなと思い、無理に自分から手をつなぐのを躊躇してしまった。

すると、遠くから先生が何かを叫びながらこちらに駆け寄ってくる。どうやら手をつないでいない私たちを叱るつもりのようだ。

内心、面倒なことになったと思いながら先生の到着を待つと、私の目の前に立つやいなや、鬼のような形相で私の名前だけを聞き出してひと睨みし、相手の男子には見向きもせずに早々に立ち去っていった。

そのすぐ後に担任から呼び出しをくらったのは、もちろん私一人だった。職員室で担任の先生と私をとがめた先生に睨みつけられ、嫌味を言われ、小突かれ、私は非常に不快な思いになり、とても悲しかった。

所詮、子どものすることだ。頭で考えていることと感情がうまく折り合わず、裏腹な態度になって表れることもあるだろう。あの場で手をつなぐように先生からそっと促してくれればよかったのではないか。

私は決してペアの男の子と手をつなぎたくなかったわけではない。先生たちが忙しい時間の合間に考えたダンスを台無しにしたかったわけでもない。むしろ手をつないできちんと練習に参加したかった。とは言え、手をつなぐという指示に従わなかった非が私にあるのはそうだろう。それは納得した。

しかし、なぜ私一人が責められたのだろうか。先生たちには私がわざと手をつなぐのを拒んでダンスの全体練習を阻害しているように見えたのだろうか。真意はいまだにわからない。もしかすると、普段から知らず知らずのうちに先生たちに迷惑をかけていて心象を損ねていたのかもしれない。

「あんまり目立たないほうがいいのかもしれないな」

そんな思いがはじめて自分の心に芽生えたのは、このときだった。

そういえば、あのとき一言も庇ってくれなかったあの男の子はいま、どんな男性になっているだろうか──。

心に芽生えた信じこみ

信じこみの背景にある思い

目立たないほうが無難に生きられるという思いは、その後の私の人生に大いに影響したと言えるだろう。そのことに触れる前に、この思いの正体についてもう少し深掘りしてみたい。

背景にあるのは、「目立つと嫌な思いをする」という信じこみだ。この信じこみは自分自身の体験から生まれたものであり、信じるに足る非常に確信度の高いものになっている。その分、思いこみは深くなる。

私をいじめた女の子たちは、私が輪のなかにいるのが気に入らなかったのかもしれない。私を睨みつけた先生たちは、私の態度がしゃくに触ったのかもしれない。いずれにしても、私の存在感が彼らに意識されるくらいには大きいものであったことは確かである。だから私は彼らの目に留まってしまったのだ。

逆に言えば、目立たないようにするには周囲になるべく認識されないように存在感を消してしまえばいいんじゃないか。そのためには人付き合いは控えたほうがいいんじゃないか。そうすれば嫌な思いをすることもないだろう。無意識に私はそう思ってしまった。

果たして、私は小学生から大人になったつい最近までこの信じこみの通りに行動し、なるべく親しい友だちをつくらず一人で過ごすようになっていった。そうして本当の自分から遠ざかっていくことになる。

もとは平気で人の輪のなかに入っていくタイプの人間である。人と仲良くしたいたちなのだ。本当は友だちをたくさんつくって仲良くしたいのに、無意識に人付き合いを避けて地味に生きようとするものだから寂しくてしかたがなかった。

絶好調からどん底への転落

社会人になって入社した会社では、人事の部署に配置された。元来人好きの私にはもってこいの仕事である。

新卒にもかかわらず、本社人事に引き抜いてもらえたのはラッキーだったと思う。結婚退職する先輩社員のポストが空く予定でタイミングがよかったのだ。その年の新卒から選抜することになり、私に声がかかった。

あのとき私が人事の仕事を得られたのは、運やタイミングの側面が大きかったと思う。そのうえで、自分にめぐってきたチャンスをものにできたのは、やはり私に人好きな一面があったからに違いない。

そうして人事の仕事に就いた私は、水を得た魚のように生き生きと働いた。9時始業、18時終業の会社だったが、毎朝7時半には出社して仕事の準備を整え、夜は終電ギリギリの23時まで働いた。

こう言うとブラック企業だと言われそうだが、当時の私は自主的に喜んで働いていた。夜、家に帰ると、会社に行きたくてたまらなくなり、朝が来るのが待ち遠しかった。それほど人事の仕事に熱中していた。

そんな私の頭のなかは四六時中社員のことでいっぱいだった。彼らの人生が、会社や仕事を通じて幸せなものになることを常に考えていた。社員が困っていたらいつでもサポートしてあげたかったし、退職した後ですら助けになってあげたかった。実際のところ、退職した社員から会社に電話がかかってきて頼られることもあった。それが何より嬉しく、心から喜びを感じ、満ち足りていた。

しかし、そんな幸福な時間はそう長くは続かなかった。

人との接点を持つと嫌な思いをすると信じ込んでいる自分が、人と関わる仕事をしているのだ。言ってみれば、積極的に社員と関わりサポートしたいとアクセルを踏みながら、一方では人と関わったらろくなことにならないとブレーキを踏んでいる状態である。うまくいかなくて当然なのだが、当時の自分にはうまくいかない理由がわからなかった。

心のなかの不安を打ち消すように、スキルアップのためにできることは何でも手を出した。人事関連のセミナーを見つけては出席し、社会保険労務士という国家資格も取得した。働きながらビジネススクールにも通ってMBA(経営学修士)を取得した。知識と経験を積み重ねながら人事のスペシャリストになるために自己研鑽に励んだ。

ところが、一生懸命がんばっているのに、依然として自分のなかの歯車がうまくかみ合わない感覚がつきまとう。思うように人生が加速していかないのがもどかしく、原因がはっきりしないことに心のなかのモヤモヤが大きくなるばかりだった。

そうこうするうちに、私は40歳を迎えていた。

日本の転職市場では、一般的に年を取れば取るほど未経験の分野にキャリアチェンジするのがむずかしくなる。40歳という節目の年を迎えて自分の未来に思いをはせたとき、自分には人事の仕事を定年までやって生きていくしか道がないんだと思った。人事の仕事は好きだったから、それでもいいと思った。実際にはもうほとんど人事の仕事に興味はなくなっていたのだが、なんとか自分を納得させようとした。

その頃にはもう自分で自分をコントロールできなくなっていたのかもしれない。毎日何かに苛立ち、自分の存在そのものが周囲に悪影響を及ぼしていった。人事の仕事に就いた当初に抱いていた献身的な気持ちは跡形もなくなり、それどころか冷たく非協力的な態度で心ない言葉を社員に投げつけたこともあった。

自分の状態が極めて危ないということには自分でも薄々感づいていたと思う。ただ、どこに救いを求めればいいかがわからなかった。自分ではもうどうしようもなくなり、意を決して心療内科を訪れたこともあった。この頃は自分のなかがめちゃくちゃで、自分以外のことを思いやる余裕などかけらもなかった。当時、迷惑をかけた人たちには心の底から申し訳なく思う。

朝になり出社するのが待ち遠しいほど人事の仕事に没頭していたあのときから17年。私はすっかり変わり果て、周囲に大迷惑をかけながら失意と苦悩のどん底で長年のキャリアに自ら終止符を打つことになった──。

脳内記憶に決着をつけて信じこみを書き換える


子どもの頃の信じこみが長い年月をかけて本来の自分をさいなみ、自らを破滅に追いこんでいく。そんな恐ろしい話は小説のなかだけにしてほしい。

「間違った信じこみ」という毒がじわりじわりと身の内に浸潤し、じっくりと時間をかけながら自分でも気づかぬうちに自分の核を腐敗させていく。そうして毒香をあたりに振りまきながら周囲もろとも不幸の沼にずぶずぶと沈みゆく。物語チックに表現するとこんな感じだろうか。そんな人生まっぴらごめんである。

信念や価値観、信じこみといったものは目に見えず、いつの間にかするりと自分の内側に入りこんで言動をあやつり、人生のひとコマひとコマをつむぎ出していく。私たちはそのことに無意識的であり、なかなか自分のゆがみに気づくことができない。

私の場合は動物的な勘とでも言おうか、すんでのところで「何かがおかしい」と自分で自分の異変を感じ取り動くことができた。コーチングや心理学、脳科学など心や脳に関連した分野の本を読み漁り、もがきにもがいて最悪の事態に陥る前に抜け出すことができた。

もし、いまの自分にしっくりきていない、生きづらい、うまくいっているように感じられないのなら、自分が何を信じ込んでいるかを確認したほうがいい。

では、「偽りの自分」をつくり上げていた信じこみに気がついたところで、どうやってそれを捨て去ればいいのだろうか。

それに気がついただけでも解放された気はするが、かれこれ30年近くもつき従ってきた信じこみである。そう簡単にぬぐいされるとは思えない。普段の何気ない無意識の状態では、慣れ親しんだ信じこみが顔を出すにちがいない。

そこで、言葉を使って新たな信じこみを自分になじませ、脳に学習させていくことにした。脳は自分が思い描いたものを「現実」だと判断し、身体の行動を見るたびに「自分はこういう人間なんだ。いままでの信じこみは間違っていた。書き換えておこう」となる。

私が新たな信じこみとして脳に学習させたいのは「人とのつながり」という価値観であり、「人とのつながり」は自分の使命を達成するのにもっとも大切で望ましいものであるという信じこみだ。これを言語化してみる。

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私は「人とのつながり」を大切にしているので、SNSやオンラインサービスを活用して世界中の人に私の存在を知ってもらい、「この人と話をしたらおもしろそうだ」「この人のもとであれば、新たな自分と出会えそうだ」と感じさせる行動をとっている。

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私は「人とのつながり」を大切にして行動しているので、私自身と私に関わる人たちが互いに自分の外側の世界に目を向け、共感し、尊重し合い、難局に差しあたっては世界規模でともに乗り越えていくという目的を達成し、そういう世界を実現している。

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私は「人とのつながり」を大切にして行動しているので、「日本にはリーダーシップを発揮してくれる人がいる!」「この人と一緒に世界中の人たちとつながりたい!」「困ったときには国籍や民族を超えてお互いに助け合いたい!」と感じる人たちが世界各地に増え続けるという好影響を創りだしている。

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こうして言葉にしてことあるごとに読み返し、書いた通りに行動することで脳の信じこみを書き換えていく。普段、無意識でいるときも自然とこの価値観で思考し行動できるまで自分自身に刷りこんでいくのだ。

最後に


過去に起こった好ましくない出来事は、できるならばフタをしてなかったことにしたいと思う。しかしそこから目をそむけてしまっては「偽りの自分」に気づけないままだっただろう。「偽りの自分」という虚像を明らかにしたからこそ、その対比として「本来の自分」という実像もまた明らかになったのだと思う。

外側の世界で起こることはすべて自分の内側の世界の投影である。もし外側の世界で起こることが自分にとって好ましくないものであるなら、自分の内側の世界のどこかがおかしいということになる。外側の世界を見ながら常に自分の内面を調整していく必要がある。

考えてみれば、部屋はこまめに掃除をし、お風呂は毎日入って身体の手入れをするのに、自分の内面のメンテナンスをしないのはおかしな話である。

人付き合いが苦手で悩んでいるなら、まず自分がどんな信じこみを持っているのかを確認するといいだろう。種は必ず自分の内にある。