愛されない女と般若の面──「愛の確証」はどこで手に入れられるのか
まえがき
日本にいるカレシから2か月ぶりにかかってきた電話を取り損ねた。すぐに気づいて折り返し電話をかけたが、つながらず。痛恨の極み。
LINEメッセージを送ると、「今度の日曜日に電話する」と返信あり。しかしわたしはだまされない。これまでにこういった約束が守られたためしがほとんどないからだ。
はたして、前日に「夜勤になった」と一言メッセージが届いた。
ん?
だから電話できない、ということか?
夜勤前に電話をくれたら、すむ話だよね?
結局、日曜日に電話がかかってくることはなかった。こういうことは日本にいる頃から頻繁にあった。
こちらから電話をかけても電話に出ない。メッセージのやり取りは月に数回程度。会う約束をしても平気ですっぽかす。事前連絡があればまだマシなほうだ。
「きみたちは本当に付き合っているのか?」
読者のみなさんの心に芽生えたかもしれないこの単純な問いは、これまでに何度もわたしの心を掻き乱してきた。「愛の確証」はいったいどこで手に入れられるのだろう。
「わたしたちは本当に付き合っているんだよね?」
思いあまって本人に直球を投げてみたが、苦笑い。頭をもたげる浮気疑惑、不倫疑惑をぎゅうと押しこめ、必死に自分の心と闘った。
愛されないのは自分のせい?
愛されない自分は恥ずかしい?
愛されないなら、きっぱりと別れてしまうべき?
愛されないのは、悲しい。寂しい。
世間の恋人たちが持っているであろう「愛の確証」を、わたしも手に入れたい。
無色透明の血を吹きあげながら空中に伸ばした手がつかんだものは、はたして──。
目次
- 悶着
- 苦悩
- 昇華
悶着
守られない約束
「今日、そっちに行くから」
カレシから連絡を受けたわたしは、小躍りしながら普段サボりがちな部屋の掃除をはじめる。冷蔵庫の中身をチェックし、いつでも晩ご飯を提供できる準備を整える。ドリップコーヒーを1袋用意して、彼の到着をいまかいまかと待つ。
世の女性諸君はみな、カレシを家に招くときはこんな感じだろうか。それともウキウキするのは付き合いはじめの頃だけだろうか。わたしはいつもこんな感じでソワソワしてしまう。
世間一般的なカップルにとって、カレシがカノジョの家に遊びに行くのは何も特別なことではない。そうした普通の恋愛をする人たちの目には、わたしが大袈裟なオンナに映るかもしれない。
しかし残念ながら、わたしにとってカレシが会いに来ることは特別なことだった。なぜなら、普段から音信不通で電話もメールもほとんどなく、会えるのは月にほんの数回程度だったのだから。
彼は自営業で休日はほとんどないようなものだった。肉体労働の仕事に就いているため、事務職のわたしとは疲労感が違うだろう。そんななか、時間を見つけて車で1時間の距離をわざわざ会いに来てくれるのはうれしかった。
スマホの液晶画面にチラチラと目をやりながら、落ち着きなく部屋をウロウロする。
まだかな、まだかな。
いつもはあっという間にすぎていく夜の時間が、このときばかりは気の遠くなるような時間に感じる。
いまに玄関のドアが開いて、彼がやって来る気配がする。
そろそろスープをあたためておこうかな。
まだかな、まだかな。
──深夜12時。彼は来ない。
電話をかけてみるが、応答はない。メールの着信もない。部屋の中央でスマホを片手にしばし呆然とたたずむ。
大きくふくらんだ風船からは勢いよく黒い空気が吹きだし、体が昏く冷たいフローリングの床の下へと引きずりこまれていく気がした。
またか──。
大きなため息をひとつついて、わたしはノロノロとキッチンの片づけに取りかかる。お風呂に入って、寝支度をすると、のそのそとベッドに潜りこんだ。普段やっているルーティンの作業がなぜかつらい。
ぽっかりと心に空いた穴を覆い隠すように頭からふとんをかぶり、体を丸めて小さくなった。
明かされた真相
「きのうは家に帰って、そのまま寝てた」
翌日、彼からメッセージが届いて事の真相を知り、怒髪天。
話を聞くと、夜8時頃に仕事からいったん家に戻り、そのまま朝まで寝こけてしまったのだという。
「来ないなら来ないで、連絡ちょうだいよ!」
脳天の活火山が噴火する。
想像してみてほしい。彼は家に帰って夢のなか。かたや、わたしは実に4時間もの間、来るはずのない彼を無駄にウキウキしながら待っていたことになる。馬鹿みたいではないか。
そりゃあね、勝手に期待して、勝手に落ちこんだのはわたしですよ。でもね、ウキウキもするでしょう。めったに会えないんだから!
仕事帰りできっと疲れてるだろうな。軽い食事がいいかな。それともおなかをすかせて来るかな。なるべく短時間で用意できるように準備しておこう。
わたしがあれやこれやと気配りしている間、ヤツはとうに家に帰って寝こけていたのだ。この腹立たしさをどうしてくれよう。
こんなことは日常茶飯事で、「今日、そっちに行くから」という当日連絡がすっぽかされたことなど数え切れない。しかも事前連絡なしにだ。
いま思えば、彼にしてみれば「今日、そっちに行く、かもしれない」くらいの軽い気持ちだったのだろう。わたしが勝手にそれを「約束」と思いこんだだけで、彼にとっては約束でもなんでもなかったのだ。
苦悩
般若の面
「今日、そっちに行くから」という彼の言葉を真に受けて、いそいそと晩ご飯の準備などをしていたわたしに、全部まるごと無駄だったねとあとから無情に通知してくる。血も涙もない所業ではないか。
腹立たしさ。楽しみにしていたのは自分だけで、相手はわたしのことなどこれっぽちも気にかけてはいなかったのだという事実に打ちのめされる。
恥ずかしさ。自分は大切にされるはずだと思っていたのに、そうではなかったことに赤面する。オトコに気遣われてチヤホヤと可愛がってもらえるオンナだと思っていた自分が情けない。
寂しさ。愛に対して無関心で返されると心が凍える。一方通行の恋愛はむなしい。振り回されても待つことしかできない自分がどうしようもなく哀れに思えてくる。
すっぽかしを食らうたびにいろんな感情がないまぜになってわたしは般若の面をつける。
馬鹿にしてるわ!
もう頭にきた。許せない!
いいように振り回されるだけの関係なんて、こっちから願い下げよ!
頭のテッペンからもうもうと煙を噴きあげながら、わたしはいたって冷静に決意する。こんなのは愛されているとは言わない。正しい恋愛のカタチじゃない。大事にされてないのは明らかじゃないか。よし、彼をわたしの人生から追いだそう。
「別れます」
覚悟を決めて決意の言葉を投げつけると、決まってその夜はどんなに疲れていてもそそくさとやって来る。
しかしバツが悪そうにやっては来るが、必死に言い訳をするわけではない。
「別れたくない」
そう言ったきり、困った顔でわたしをじっと見つめる。まるで駄々をこねる子どもを見るかのような態度である。
ちょっと待ってほしい。
10回に9回は約束をすっぽかされて憤怒の念にかられるのはわたしのワガママなのだろうか。
オトコに約束をすっぽかされたくらいで怒り心頭に発するのはわたしがオンナとして未熟な証拠なのだろうか。
わからない。
ぐちゃぐちゃな心の整理がつかず、ひざを抱えて押し黙る。彼は隣に腰を下ろし、黙ってわたしに寄り添っている。
身体の片側に彼のぬくもりを感じていると、自分の人生から彼を排除しようとしていることが、とても悲しく、寂しく思えてくる。
いても立ってもいられなくなり、うっすらと涙を浮かべながら横から彼の大きな身体に腕を回してギュッと力まかせに抱きついた。
ふたりきりの静かな時間が流れる。頭上の大噴火はようやく沈静化の兆しを見せていた。
アメとムチ
破局の危機を迎えては、彼はわたしのもとに馳せ参じ、わたしは別れの決意もむなしく懐柔されることを幾度となく繰り返してきた。
「別れたくない」
困った顔で彼にこう言われると、正直弱い。こんなに離れがたくなるなんて想定外だ。わたしはモヤモヤを抱えながら日常へとまた戻っていく。
人は学習する生き物だ。彼の言葉を真に受けないようにして心の平穏を保つことにした。期待しなければ裏切られたとも思わないだろう。
「きみたちは本当に付き合っているのか?」
やはりまだこの問いに胸を張って「YES」と答えることはできない。「愛の確証」がどんなものなのかが見えてこない。いいようにあしらわれている可能性を考えては、身の縮む思いをしている。
わたしが学習したように、彼もまた学習したようだ。事前連絡をせずに突然、家に来るようになった。
夜遅くに玄関のほうからガチャガチャと音が聞こえてくる。ピクンと体を一瞬震わせて音のする方向へ全身の神経を集中させる。泥棒か、カレシか。緊張が走る。
ガチャッとドアが開いてコンビニ袋のガサガサ音とともに人が入ってくる気配がすると、弾かれたように玄関をめがけて駆けだす。
来た!
勢いよく廊下に飛びだすと、玄関の鍵を閉めてこちらを振り返る彼の姿が目に入る。いつぞやの少女漫画かというように、ちょっと背伸びしながら彼にガバッと抱きつく。彼は少し迷惑そうに、腰をかがめてわたしにしがみつかれるがままになっている。
「おかえり!」
とわたしが言うと、「いや、俺の家とちゃうけどな」みたいな顔して「ただいま」と答える。こちらは狂喜乱舞の真っ最中なのでツッコミを入れる余裕はない。もう過去のあれやこれやもどうでもよくなっている。
そろそろ離してくれと言わんばかりに、わたしの腕を振りほどこうとする彼をよそ目に、コアラのようにガッシリとしがみついて久しぶりの再会をひとしきり堪能する。
そんなわたしの様子を彼はいつも目を細めて見下ろし、眺めている。
昇華
「愛の確証」はいったいどこで手に入れられるのだろうか。愛されているたしかな手ごたえがほしい。そうでなければ、自分がみじめだ。昔のわたしはどうしたら彼の行動を変えられるかばかりを考え悩んでいた。
いったいわたしはどんな「愛の確証」がほしかったのだろうか。仕事終わりに電話でちょっと長話をして、その日のできごとを報告し合う関係か。週末に一緒に出かけて外で食事し、ベッタリと一緒に過ごす関係か。あるいは、毎日愛の言葉をささやいてくれる関係か。
こうした「恋愛のカタチ」を心から望んでいたかというと、そうでもなかった。ほとんど趣味の範疇だが副業を持ち、なるべく多くの作業時間を捻出しようと工夫する日々を過ごしていた。たいした用もないのに長電話するとか、毎週末を遊びに費やすとか、ありえない。
では、「こんなのは愛されているとは言わない。正しい恋愛のカタチじゃない」と感じたのは、いったい何だったのか。
おそらくメディアなどを通じて「恋愛はこうあるべき」という他人のモノサシをいつの間にか取りこんでしまったのだろう。「愛されない自分は恥ずかしい?」などと世間体を気にしていたのも他人の価値観で生きていた証拠である。
思い起こせば、「好きじゃなかったら、わざわざ1時間もかけて会いに来ないよ」と彼は何度も言っていた。他人のモノサシで生きていたわたしが、彼がくれた「愛の確証」をスルーしてしまっていたのだ。
口ではあんまり弁解しないヤツだけど、忙しい合間を縫って会う時間をつくってくれていたんだな。なぁんだ。わたしはちゃんと愛されていたんだ。あったかいものが心にあふれて満たされていく。
勝手に世間の「恋愛のカタチ」にこだわり困らせてしまったけれど、わたしの手を離さないでいてくれて、ありがとう。
あとがき
ここまでの話を読んで、わたしのことをオトコに愛されない可哀想なオンナだと思う人もいるかもしれない。自分でさえそう思っていた。
しかしわたしは自分で自分を「可哀想」だと思うことをやめにした。自分の幸せは自分の心が決めるものだ。なぜ自分からわざわざ不幸になる必要があるだろう。
外の世界は内面の鏡という。内なる見方、考え方が変われば、不思議なことに外側の世界も変わる。できごとそのものは変わらなくても、自分の受け取り方が変わる。だから世界が変わって見える。
彼とわたしの感性は何万光年も遠くかけ離れているのだと思う。もしどうしてもそのことを受け入れられないというのなら、そのときはお互いに違う道を歩むほうが幸せかもしれない。
彼のいる人生と、彼のいない人生。自分のモノサシでどちらの人生を選択するのか自分に問うた。前者だ。そのために、彼をまるごと受け入れると決めた。
たとえ99%の確率で約束を反故にされたって、君に会える1%の時間を大切にしたいから──。
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晩夏にして君を離れ──女の一生と海を越えた遠距離恋愛
「マレーシアで採用が決まったの」そう切りだしたときの彼の顔が脳裏に焼きついている。複雑な表情のなかに一瞬かいま見た寂しさの影。無言で彼の体をギュッと抱き締めながら、心のなかでそっとほくそ笑む。そう、これはわたしのささやかな復讐でもあるのだ──。