マレーシアから海外永住 花びら餅とエロスと編集 Written by Miho Kanai

「コールセンターの仕事がつらい」から脱却する「共感」のコミュニケーション【マレーシア】

Essays

まえがき

どんな仕事にも、大変さはある。

私は旅行系カスタマーサポートとして働いているが、正直なところ、まあ、つらい。

仕事をやめようか。何度も何度も迷い考えてきた。

ある時、どうせやめるなら、もうひとあがきしてからにしようという気になった。つらいままやめると、負けたみたいでいやだった。

正解なんて分からないままとりあえずもがいていたら、なんかお客様の反応が変わってきた。

へ?

自分の問題だったってことデスカ?

コールセンターの仕事がすきになる日が来るかもしれない。

目次

  • コールセンターの仕事はつらい?
  • 「共感」の正体
  • お客様からの「いいね」爆増

コールセンターの仕事はつらい?

お客様がカスタマーサポートに電話をかけてくるのは、困った時だ。

「今回の旅行、最高だったのよぉ。たくさん写真を撮ったんだけど、見る?」なんて上機嫌で電話をかけてくるお客様がいたらおもしろいが、残念ながら希少種だ。実際はこんな感じ。

「いまね、すっごく迷惑してるの。宿泊施設にチェックインできないのよ。ほんっと迷惑なんだけど。あなたたちが責任もって、いますぐなんとかしてください!」

入電早々、圧が、すごい。

お客様のタイプはさまざまだ。にっちもさっちも行かない困難に直面してなお礼儀正しさを欠かさない人もいれば、理性を失い荒ぶる神となる人もいる。

『極道の妻たち』の役者顔負けの口調ですごんでくる人もいて、そういう時は、こちらも同じ世界観で演じたほうがいいかしらと私のなかの関西人の血がザワリとする。

感情にまかせて放たれた言葉にはトゲがある。直撃を受けると痛い。電話対応をしながら涙があふれてきたこともある。理不尽さにからだが震えたこともある。

「怒り」から放出される負のエネルギーたるや、まったくもって侮れない。装着したヘッドホンから無遠慮に踏み込んできたそれにガツンと頭を殴られた時には、しばらく生きる屍と化したものだ。

カスタマーサポートは、まるで血まみれになって戦う戦士のようだ。流血しながらもグッと腹に力を入れ、常に笑顔で、誠心誠意、相手がだれであろうと敬意をもって対応する。

だからこそ、心の痛みに耐えかねて、去っていく同僚は多い。

価値ある仕事をしているのに、なぜ、苦悩を味わわなければならないのか。

価値ある仕事をしているのに、なぜ、喜んで働けないのか。

カスタマーサポートは、ストレスを発散するためのお客様専用サンドバッグなのか。

そんなことは、ないはずだ。

お客様の身に起こった不幸なトラブルを解決して差し上げる仕事が、つらいだけの仕事だなんて、あるはずがない。なにかがおかしい。

転んだら、そこらへんの雑草を引き抜いてでも、ただでは起きない。どうせなら、やめる前にとことんやってやろうじゃないか。

私の心のなかにチリッと小さな炎が燃えた。

「共感」の正体

とことんやると言っても、具体的になにをどうすればいいのか、全然まったくなんにも分からなかった。ただ、なんとなく「共感」がキーポイントになるだろうという気はしていた。

共感。たった二文字のなんの変哲もないこのワードが、私のパフォーマンス史上、最大にして最難関の課題だった。不本意ながら、いつもお客様への共感が足りないと社内フィードバックを受けていたのだ。

共感って、ナンデスカ?

「共感」というヤツはなかなかの曲者だ。謝罪するだけではお客様の気は収まらない。謝るほどに「謝罪がほしくて電話してるんじゃないのよ!」と怒りのボルテージはうなぎ登りになる。

かと言って、うわべだけで「それは大変でしたねぇ。さぞ、お困りでしょう。」などと寄り添うフリをしてみても、すぐにバレて「あなたに分かってもらおうとは思わないわ!」となる。

どないせえっちゅうねん。

ほとほと困り果てた私は、考えた。真面目にとことん考えた。考えても分からなかったので、とにかく、ただひたすら、口を挟まずに、お客様の話に耳を傾けてみることにした。

お客様は、それは一生懸命に、自分の身に起こったことを感情豊かに語ってくれる。その物語にじーっと聴き入っていると、お客様の立場にオーバーラップした私の心が動きだす。

たとえば、冒頭のお客様のケース。よくよく話を聴くと、「ホテル」ではなく「民泊」をご予約されており、支払いがまだ完了していないとのこと。しかも施設から送られてきた決済リンクが正常に開かず、支払いができないときた。

多くの民泊施設は「事前支払い」を求める。入金確認ができなければチェックインできない仕組みだ。それもそのはず。ホテルと違い対面式フロントデスクがないため、未払いの状態でカギを渡すと無銭宿泊になりかねないからだ。

チェックイン間際に支払いトラブルで連絡してくるなんて、当日予約かなにかで十分な時間がなかったのかしらと思い、予約日を確認してみると、1か月前に予約されていた。

この1か月間、なにをされていらっしゃったのですか?

もっと早くに相談してくれていれば、チェックイン直前にあわてふためくこともなかっただろうに。

民泊施設もお客様に何度もメッセージを送信してチェックインまでの流れを説明していた。それを見逃していたのだ。お客様の過失100%である。

しかしだ。たまにしか旅行サイトを使わない人にとってみれば、現地に行けば支払いができて、チェックインして部屋に入れると、ホテルに宿泊する時の感覚で考えてしまっても無理はないかもしれない。

予約できたことに安堵し、ワクワクしながら現地まで来てしまったお客様のことを思うと、同情の気持ちが芽生えてくる。

すると、かける言葉も自分の内から自然と湧いてきた。

「こちらの民泊施設では、お支払いの確認ができ次第、チェックインに必要な情報が提供されることになっております。施設からご案内のメッセージを事前に送信しておりましたが、大変分かりづらく申し訳ございませんでした。

また、施設から提供された決済リンクを開くことができず、お支払いを完了できないことにつきましても、ご迷惑をおかけしておりまして誠に申し訳ございません。ご不安かと存じますが、すぐに施設に連絡いたしますので、保留にて少々お待ちいただいてもよろしいでしょうか。」

ちょっと説明口調にはなるが、まず事の次第を「説明」したうえで、お客様の「心情」をおもんぱかり、心配や迷惑などをかけていることに対して「謝意」を表明する。

こうして省略せずにきちんと言葉にするコミュニケーションを心がけていると、お客様の反応に変化があった。

お客様からの「いいね」が爆増したのだ。

どうやら「共感」の正体は丁寧なコミュニケーションスタイルだったようだ。

お客様からの「いいね」爆増

「丁寧なコミュニケーションスタイル」と言うのは簡単だが、再現性がなければ意味がない。自分のトークを振り返ってみると、ポイントは次の3点かなと思う。

  • 事の次第を「説明」する
  • お客様の「心情」を言葉にする
  • 心配や迷惑をかけたことに「謝意」を表明する

大事なことは、心のなかで思っているだけではダメだということだ。言葉を省略せずに、いちいち言語化しなければ相手には伝わらない。

そして丁寧なコミュニケーションの前提として、お客様の話を「ただ聴く」ことが不可欠だ。話を聴きながら解決策が頭に浮かぶようではいけない。その時点で、もはやお客様の話を聞いていない。

お客様の満足度は、望む結果が得られたかどうかはもちろん、自分のことを分かってくれたかどうか、つまり「共感」を得られたかどうかに左右される部分が大きいと感じる。

なぜ、今回のような不都合が起こったのか。事の次第を「説明」することは、お客様の納得感につながるだけでなく、お客様の話をちゃんと聴いていたことの証明にもなる。しっかりと聴いていなければ説明などできないからだ。

お客様の「心情」を察して言葉にすることは、自分のことを分かってもらえたという安心感につながる。たとえ自分が望むとおりの結果になったとしても、事務的な受け答えでは、高い満足にはつながらないのではないだろうか。

心配や迷惑をかけたことに「謝意」を表明するのは、サービスの提供側としては当然のことだ。たとえお客様の過失100%であったとしても、ご満足いただけなかったことに対する遺憾な気持ちを、きちんと言葉で示そう。

つまるところ「共感」とは、言葉を省略せずに、いちいち言語化して相手に伝える丁寧なコミュニケーションスタイルをいうのだろう。

こうして自分のコミュニケーションスタイルを改善した結果、お客様からの「いいね」、つまり私の対応に関するアンケートの高評価数が急増した。これにはほんとうに驚いた。

先に挙げたポイントを表面的になぞったとしても、きっとお客様には全部すべてまるっとお見通しだろう。

お客様の話を「ただ聴く」ことで、お客様の心境をより的確に察することができ、自分の内からお客様にかける言葉が自然と生まれる。

この順番が、大事なのかなと思う。

あとがき

前述のお客様のケースについて、事の顛末をお話ししておこう。

お客様の電話を受けてすぐに施設に電話をかけたが、なんと営業時間外で担当者に電話がつながらない。

やばいよ。どうすんだよ。チェックイン当日なんだよ。なんでもっと早くに連絡してくれなかったんだよぉ。

心のなかでうっかり者のお客様を恨みながら、冷や汗をかきつつ施設あてにメールを書く。電話がダメでも、メールで連絡を取り合うことができるかもしれない。

祈る気持ちでメールを送信して様子をうかがっていると、比較的すぐに施設から返信が来た。新しい決済リンクをお客様に送信してくれたらしい。

やった! これで支払いができるかもしれない!

喜び勇んでお客様に折り返し電話をかけるも、今度はお客様が電話に出ない。

お客様ーーー! 電話に出てくださいませーーー!

頭から汗を飛ばしながら、お客様あてのメールを書いていると、一通の新規メールが入ってきた。

お客様からだ。無事に支払いが完了したらしい。施設側もすぐに確認してくれたようで、チェックインのインストラクションが送信されてきた。これでようやく入室できる。ミッションコンプリート。

最初はたいそうご立腹なお客様の態度に荒れ模様を覚悟したが、最後にお客様から届いたメールはこんな言葉で締めくくられていた。

「すばらしい対応力に感謝します。」

鼻の奥がツンとした。

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