職場の私はスーパーモデル。【コールセンター・マインド編】
まえがき
元マクドナルドの伝説の店長、鴨頭嘉人さんの動画を見てしびれた。
「後輩から見たら先輩はスーパーモデル」だそうだ。
やだ、私もスーパーモデル?(ヨロコビ)
「先輩は後輩のお手本になりましょう」なんて言われても、「なにを当たり前のことを」と思うだけで、全然ハートに響かない。
でも「後輩から見たら先輩はスーパーモデル」と言われたらどうだろう。
なんかソワソワしちゃうよね。(照れ)
動画内容の一部をフィクションも交えながら紹介し、自分事に落とし込んでみた。
目次
- 「みなさん、そうやってるんで」
- 職場の私はスーパーモデル。
- いつもだれかの手本になる
「みなさん、そうやってるんで」
ガヤガヤと喧騒に包まれた昼下がりのマクドナルド。
友達同士で楽しくおしゃべりする大学生。外回りの途中でランチ休憩を取る会社員。親しげに会話するカップル。不器用にポテトを頬張る小さな子どもの世話を焼くお母さん。
お客様でごった返す店内は、話し声や笑い声、フロアを行き交う音、テーブルにトレイを置く音、ハンバーガーの包み紙を開ける音など、いろんな音が渾然一体となって空間全体に充満している。
ガタッ。子ども連れのお母さんが立ち上がろうと椅子を引いた。
「トレー、お下げいたします」
すかさず母親に声をかけたのは、アルバイトをはじめてまだ3日目の若い女性スタッフだ。
母親は驚きながらも安堵の表情を浮かべ、スタッフに軽く会釈をすると、子どもの手を引いて店をあとにした。
「君、ちょっといいかな」
たまたま少し離れた場所から一部始終を見ていたスーパーバイザーが女性スタッフに声をかけた。
「はい」
そう返事をして振り返ったのは、大きな目が魅力的なポッチャリした色白の女の子だった。化粧っ気がないところを見ると、どうやら高校生のアルバイトスタッフのようだ。
「いまさ、子ども連れのお客様が椅子を引いただけで、『トレー、お下げします』って言ったよね。なんで?」
スーパーバイザーが問いかける。
マクドナルドでは、食べおわったトレーはお客様自身で返却コーナーに戻してもらうシステムになっている。先ほどのお客様もそうしようとしたはずだ。
ところが、小さなお子様のいるお母さんの手荷物は大きくなりがち。トレーを片手に子どもの手を引き、大きな荷物を抱えて狭い座席の間をぬって歩くのは大変だ。
かと言って、子どもをひとり座席に残してトレーを返却しに行くのは、一瞬でも我が子から目を離すことになり、母親として心配だったはずだ。
そこにちょうど良いタイミングでスタッフから声をかけられて、母親はほっとした顔を見せたのだ。
マクドナルドが混雑する昼時。当然スタッフも作業に追われてせわしなく働いている。お客様が席を立つちょっとした音を聞き分け、絶妙なタイミングで声をかけるのはけっして簡単にできることではない。
スーパーバイザーが興味を持ったのは、アルバイトをはじめて3日目の若い高校生スタッフの彼女に、なぜそんな素晴らしい接客ができたのかということだった。
スーパーバイザーの問いかけに対し、彼女は事もなげにこう答えた。
「みなさん、そうやってるんで」
職場の私はスーパーモデル。
マクドナルドの分厚い店舗マニュアルには、「お子様連れのお客様が席を立った時にはできるだけトレーをお下げしましょう」とは書いていないそうだ。
にもかかわらず、前述した彼女は自然とそうした対応ができていた。なぜか。
「みなさん、そうやってるんで」
つまり、周りのスタッフがそうやっているのを見て、自分も真似してやってみたというのだ。
アルバイトスタッフの口から何気なく発せられたこのひと言は、会社のトレーニングやマニュアル以上に、先輩の立ち居振る舞いそのものが新人教育として有効であることを証明している。
多くの会社では、スタッフにやってほしいことや守ってほしいことはマニュアルに書くのが一般的だろう。
しかしそうしたところで、実際に先輩が実行していなければ、新人がマニュアルを守ってその通りに動くのは最初のうちだけだ。1か月も経てば自然とやらなくなるだろう。
子どもが親の背中を見て育つのと同じように、後輩は先輩の姿を見て育つ。
「最近の新人は気が利かないな」と思ったら、原因はあなただということだ。後輩の姿を嘆く前に、我が身を振り返ろう。
逆もまた然りで、新人がイケてるのは、先輩であるあなたがイケてるから。
スタッフの接客の良し悪しは、働いている期間ではなく先輩スタッフの日常的な所作によって決まる。
後輩からしてみれば、同じ職場で働く先輩はスーパーモデル。つねに観察対象であり、良くも悪くも接客のお手本なのだ。
先輩の立場からすると、そんなに一挙手一投足に注目されても困るわと思うかもしれないが、見られている意識は美をつくる。
いつも後輩に見られていることを意識すれば、意識した分だけ美しくなれる。働きながらキレイになれるなんて、なんてお得なの。
人間のからだは歳を取る。身体的年齢を重ねていても美しいと感じる人は、きっといつも人に見られていることを意識しているのだろう。美しさを身に纏えるのは自分磨きに余念がないからにちがいない。
見られている意識が美をつくる。
意識を変えることにお金はかからない。いつでも、どこでも、だれにでもできる。
どうせ働くなら、「私はスーパーモデル」と思い込んで働くほうが、自分の取れ高は高くなる。
いつもだれかの手本になる
ここまでのエピソードトークは飲食店における接客のお話だった。
かたやカスタマーサポートは、ひとりひとりがヘッドセットを装着し電話越しに接客をする。その点では、後輩が先輩の立ち居振る舞いを見て手本にする飲食店の接客とは異なる。
私たちの「立ち居振る舞い」は、声やメールの文面に表れる。
オフィス勤務であれば、隣から聞こえてくる先輩の声のトーンや言葉遣い、話すスピードなどが後輩の手本となる。
在宅勤務であっても、お客様とのやり取りやメールなどの履歴から、前任者の対応の素晴らしいところを発見し、学び、自分のものにすることができる。
反対に、悪手だなあと思う対応は自分を振り返るきっかけになる。
私たちは自分が思っている以上に、どこかでだれかのお手本になっているようだ。
職場の私はスーパーモデル。
まず意識を変える。そうすれば行動が変わる。行動が変われば、習慣が変わる。良い習慣が身につけば、良い結果が出ないはずがない。
良い習慣が身につけば、きっと人生もうまくいく。
あとがき
後輩から見たら、私はスーパーモデル。
そう思えば、気合いを入れて頑張ろうという気になるから不思議だ。
常日頃から自己を顧みて襟を正し、みずからの技量を向上させるのは社会人としての勤め。頭では分かっていても、意識を持続させるのはなかなか骨が折れる。
それに比べて「スーパーモデル」というワードは、キラキラしていてちょっと気恥ずかしいけれども、心はウキウキ。自然とニンマリしてしまう。
きっと、それがいいんだな。
うれしい言葉やすきな言葉はなにかにつけて思い出してしまうもの。「スーパーモデル」というワードが脳内にパッと浮かぶたびに意識に擦り込まれて強化されていく。
そうすれば、働けば働くほど「イケてる自分」になっていく。
参考動画:【令和の時代】成功するリーダー、企業は何を考えているのか| 経営者必見 鴨頭
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